ページコンテンツ
ミケランジェロ ─ システィーナ礼拝堂に挑んだ88年
ダビデ像、ピエタ、システィーナ礼拝堂天井画、最後の審判。
ルネサンスの三巨匠(ダ・ヴィンチ・ラファエロ・ミケランジェロ)の一人。
13 歳で工房入門、88 歳で生涯を閉じる直前まで彫刻刀を握っていた男。
気難しく、教皇とも喧嘩した男の生涯を、できるだけ静かにたどります。
1. フィレンツェ近郊の没落貴族の家に(1475〜)
1475 年 3 月 6 日、トスカーナ地方のカプレーゼ(現在のミケランジェロ村)。
父・ロドヴィーコ・ブオナローティは地方判事、家系は古いが没落貴族で家計は厳しかった。
赤ん坊のミケランジェロは、フィレンツェ近郊の石工の家に乳母として預けられます。
後年、本人は冗談混じりに「私は石工の乳と一緒に、ノミと槌を吸い込んだのです」と語ったと伝わります。
少年時代、父は彼に学者になってほしかった。
しかし本人は絵と彫刻に没頭し、13 歳でドメニコ・ギルランダイオの工房に弟子入り。
父は息子が「肉体労働者の道」に入ることを嘆きましたが、ミケランジェロは折れませんでした。
2. メディチ家のロレンツォ豪華王の庇護下(1488〜1492)
15 歳のとき、ギルランダイオがメディチ家のロレンツォ豪華王のために優秀な弟子を推薦。
ロレンツォの彫刻学校に入り、フィレンツェ最大の権力者に家族同然の扱いで迎えられました。
メディチ宮殿に住み、ロレンツォの息子(後の教皇レオ 10 世)と一緒に育ち、プラトン哲学や古代彫刻に触れる日々。
これがミケランジェロの人文主義的教養の基礎になります。
1492 年、ロレンツォ死去。
庇護者を失ったミケランジェロは一時フィレンツェを離れ、ボローニャ・ローマを転々。
17 歳で初の本格作品を刻み始めます。
3. ピエタ、ダビデ像(1499〜1504)
24 歳、ローマで『ピエタ』完成。
聖母マリアが死せるイエスを膝に抱く彫刻。
サン・ピエトロ大聖堂に今も置かれている、大理石の傑作です。
聖母の表情の若さ・透明な悲しみ、布の襞のリアルさ ── 一人の若き彫刻家が、ここまで仕上げた。
ミケランジェロは唯一サインを残した作品として有名で、聖母の胸帯に「MICHAEL · A[N]GELVS · BONAROTVS · FLORENT[INVS] · FACIEBA[T]」(フィレンツェ人ミケランジェロ・ブオナローティ作)と刻みました。
帰郷後の 1501-1504 年、フィレンツェの大聖堂工事で残されていた4 メートルの大理石ブロックから『ダビデ像』を彫り出します。
26 歳から 29 歳の 3 年。
完成した像は街の中央広場(シニョリーア広場)に置かれ、フィレンツェ共和国の自由の象徴になりました。
4. システィーナ礼拝堂天井画(1508〜1512)
1508 年、教皇ユリウス 2 世からシスティーナ礼拝堂の天井画依頼。
ミケランジェロは「私は彫刻家であって画家ではない」と拒みましたが、教皇に押し切られます。
天井の高さ約 21 m、面積 460 m²。
4 年あまり、助手の力も借りながら、首を曲げて天井を見上げ続ける苦行。
本人がソネットで書いた言葉が残ります。
「私の腰は腹に折れ曲がり、首は背に張り付き、絵の具は顔に滴り落ちる」
天井には創世記の 9 場面(光の創造、アダムの創造、ノアの方舟など)と12 人の預言者・巫女が描かれました。
中心の「アダムの創造」── 神の指とアダムの指が触れる寸前の場面 ── は、西洋絵画史で最も有名な構図のひとつです。
5. 最後の審判、聖ペテロ寺院ドーム(1536〜)
60 歳から 4 年、ふたたびシスティーナ礼拝堂の祭壇背後の壁に『最後の審判』を描きます。
キリストが裁き手として中央に座り、復活する魂と地獄に落ちる魂が螺旋状に渦巻く、巨大な世界観。
晩年は彫刻と建築にも回帰。
71 歳から死の直前まで、サン・ピエトロ大聖堂の建築主任として、巨大ドームを設計しました。
これは彼の死後完成しますが、現在もローマの空に君臨するドームです。
詩作も多く、ソネット 300 編余りを残し、晩年は男性詩人トンマーゾ・カヴァリエーリや女性詩人ヴィットリア・コロンナとの精神的交流が深かった。
6. 88 年の生涯(〜1564)
1564 年 2 月 18 日、ローマで永眠。88 歳。
最期の言葉は「私の魂を神に、肉体を大地に、財産を家族に」と伝わります。
遺体は秘密裏にフィレンツェへ送り返され、サンタ・クローチェ聖堂に埋葬。
故郷で永遠に眠ることが、本人の遺志でした。
死の同じ年、英国ではシェイクスピアとガリレオが生まれています。
ルネサンスの最後の巨匠が消えた瞬間、近代が動き始めたのです。
静かな余韻
「I saw the angel in the marble and carved until I set him free.」
(私は大理石の中に天使を見た、そして彼を自由にするまで彫った)
ミケランジェロの彫刻観は、「不要な部分を取り除く作業」でした。
天使は最初から大理石の中に居る。
彫刻家の仕事は、それを見つけて、解放するだけ。
これは、私たちの人生にも通じる気がします。
何かを作り出すのではなく、すでにそこにあるものを、邪魔なものを削って見つけていく。
88 年の生涯で数多くの彫刻、システィーナ礼拝堂の巨大な壁画と天井画、そしてドームひとつ。
すべては石の中の天使を解放する作業の連続だったのです。
💬 本日のひとこと
「I saw the angel in the marble and carved until I set him free.」
彫刻に限らず、執筆も、研究も、子育ても、恋愛も、もしかしたら「すでにあるもの」を見つけて解放する作業なのかもしれません。
もう少し深く知りたい人へ
- アーヴィング・ストーン『苦悩と歓喜 ミケランジェロの生涯』(新潮文庫) ── 米国作家による評伝小説。徹底取材で書かれた、システィーナ礼拝堂 4 年の苦行が圧巻
調べたら面白かったので、書いておきますね。



コメント