ココ・シャネル ─ コルセットを破壊した87年

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ココ・シャネル ─ コルセットを破壊した87年

20 世紀初頭、女性たちはコルセットで胴をギチギチに締め付けていました。

それを「動きやすい服」へひっくり返したのが、フランスの孤児院出身の女性、ココ・シャネルです。

リトル・ブラック・ドレス、ジャージ素材のスーツ、香水 No.5、ツイードのジャケット ── すべて彼女の発明。

12 歳で母を失い修道院孤児院で育った娘が、ファッション帝国を築いた 87 年を静かにたどります。


1. ソミュールの貧民の家に(1883〜)

1883 年 8 月 19 日、フランス西部ソミュール。

彼女はガブリエル・ボヌール・シャネルとして生まれました。

商売人というより行商に近い父と、洗濯仕事をする母のもとで、生活はかなり不安定でした。

12 歳のとき母が亡くなり、父は子どもたちを親族や施設に預けて去ります。

ガブリエルは修道院系の施設オーバジーヌで育ちました。

白と黒の簡素な服、無駄のない線、清潔さへの執着。

後のシャネルの美意識は、ここで形になったと言われます。


2. お針子からカフェ歌手へ(〜1909)

施設では縫製を学び、若いころはお針子として働きました。

その一方で、ムーランやヴィシー周辺のカフェで歌うこともありました。

この時期に「Ko Ko Ri Ko」や「Qui qu’a vu Coco?」といった歌から、ココの愛称が広まったとされます。

大歌手ではありません。

でも、人に見られる場でどう振る舞えば印象が残るかは、ここで覚えたのかもしれません。

貧しい生まれ、孤児院育ち、お針子。

そのままなら社会の上には上がれない時代でしたが、彼女はまず名前から作り変えていきました。


3. 帽子店、最初の店(1910)

1900 年代末、ココは裕福な男性たちの支援を受けながらパリ社交界へ近づきます。

なかでも重要だったのが実業家アーサー・“ボーイ”・カペルでした。

1910 年、パリのカンボン通り 21 番地に帽子店を開店。

羽や花で盛りすぎる当時の帽子に対し、彼女のものは驚くほどシンプルでした。

飾るためではなく、かぶる人がきれいに見える帽子。

ここからシャネルの革命が始まります。


4. ジャージ素材、リトルブラックドレス(1916〜1926)

第一次大戦の時代、女性の暮らしは大きく変わりました。

働く場に出る人が増え、締めつけの強い服は現実に合わなくなります。

シャネルはそこで、もともと男性下着などに使われていたジャージ素材を女性服へ持ち込みました。

柔らかく、動きやすく、余計な装飾がない。

いまなら普通ですが、当時としてはかなり大胆です。

さらに 1921 年にはシャネル No.5、1926 年には黒いシンプルなドレスを発表。

米誌 *Vogue* はこれを「シャネルのフォード」と呼びました。

大量生産車フォードのように、現代女性の定番になるという意味です。


5. 第二次大戦、亡命、復帰(1939〜1954)

1939 年、戦争が始まると、シャネルは店を大きく閉じます。

そして占領下パリでは、ドイツ軍将校ハンス・ギュンター・フォン・ディンクラーゲとの関係があったことから、のちに強い批判を受けます。

この時期は、彼女の人生でもっとも複雑で、単純に美談にできない部分です。

戦後は一時スイスへ身を引きました。

それでも終わりません。

1954 年、71 歳でパリへ戻り、仕事に復帰します。

「引退」の二文字が似合わない人でした。

やがてツイードのシャネル・スーツが、働く女性の新しい制服のように広がっていきます。


6. 87 年の生涯(〜1971)

晩年もシャネルは、パリのホテル・リッツを拠点に仕事を続けました。

春のコレクションの準備までしていたと言われます。

1971 年 1 月 10 日、リッツで永眠。87 歳でした。

最期の言葉は一般に「これが死ぬということなのね」と伝えられます。

最後まで舞台袖ではなく、舞台の上にいた人だったのだと思います。


静かな余韻

シャネルは「女性を解放した人」とよく言われます。

たしかに、コルセットを脱がせ、動ける服を広めた功績は大きい。

でも同時に、戦時中の行動には重い影も残ります。

だから彼女は、きれいな英雄ではありません。

ただ、それでも 21 世紀の働く女性が着るジャケットや黒いドレスの多くに、まだ彼女の発想が入っている。

人の人生は単純じゃないし、残すものもまた単純じゃない。シャネルを見ると、そのことがよく分かります。


💬 本日のひとこと

> Fashion changes, but style endures.

流行は季節で変わりますが、スタイルは生き方に近い。

シャネルが売っていたのは新作の服だけではなく、どう立ち、どう歩き、どう見られるかだったんでしょうね。

だから 100 年たっても、彼女の言葉はまだファッションの中心に残っています。


もう少し深く知りたい人へ

調べたら面白かったので、書いておきますね。

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